青春の蹉跌 (新潮文庫)

青春の蹉跌 (新潮文庫)

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新潮社
価格: ¥460

青春の蹉跌 (新潮文庫)のレビュー

現代の若者こそ読むべきでは
全共闘時代が時代設定にあるお話。
江藤顕一郎という成績優秀、頭脳明晰、見た目も申し分ない法学部の学生が自分のエゴイズム、地位・金を求める過剰な上昇志向ゆえに人生を踏み外してしまうという話。

江藤は、資本主義社会を弱肉強食の荒々しい世界だと捉え、法律という武器を身につけることでこの世界で生き残り勝ち上がっていこうと考える。
行動は非常にエゴイスティックで実利的・打算的である。

司法試験合格を目指しながら、資産家である伯父の令嬢と結婚し遺産を獲得することで安定した地位を得ようと行動していく。

家庭教師をしていた際に教え子だった登美子と関係が続いていて、彼女の方は江藤を愛しており、家庭の問題もあり他に頼るものがいないことからも江藤を求める。しかし、江藤は彼女のことを肉体的な欲求を満たすための女としてしか捉えておらず、伯父の令嬢と結婚するために登美子との関係をいずれ一掃しようと考えている。

江藤は自分の人生計画を達成していく上で、様々な策略を実行していくが、最終的にはそれがすべて破綻し、道を踏み外してしまう。この江藤という人間は、自分を含めて多くの現代の若者と重なるイメージを持っている。上昇志向が強く、エゴイスティックであり、倫理観が低く、そしてある特定の分野以外には全く無知で社会を経験的に知っていないにも関わらず、自分は万能であると考えている。そしてそれゆえに失敗する。道を踏み外す。

彼の母親が彼に言ったように、「何よりも大事なのは、誠実さ」、これがこの本のメッセージの一つであり、自分や若い世代が身につけなければいけないものだ。
生き方としても、成功していくという意味においても長期的にみれば誠実さは欠かせないものだろう。

著名人・成功者やアニメ・漫画・小説でかなり極端な生き方がかっこいいようにもてはやされ、多くの若者に支持されることが多いが、現代はかなり「危うい」考えの若者が増えているのではないか。

読んでいる時に、何度も自分の事を考えさせられた。
日本社会派文学の傑作
傑作としか言いようが無い本作は、最後の最後まで読者を飽きさせないように書かれている。

10代・20代に読むのが最も良いのではないか?
格差社会の今だからこそ
10代のころ映画でこの作品に触れて衝撃を受けた覚えがあります。ドライザーの「アメリカの悲劇」と物語の骨格は同じなのですが,今読んでみると,日本の格差社会の土壌の中での若者の蹉跌が淡々と綴られていていい作品だと思いました。野心ある若者が,人間故に意図せずとも存在している性の罠に絡まり,輝かしい将来が得たいがために,またそれが得られると信じて犯罪を犯してしまう。しかもその若者は人を裁く立場の人になる道を這い上がってきていたのに,逆に裁かれる立場になる。その若者の人間形成の根っこには社会的地位の格差があるので,内容的には古くさく感じても今に通じるものがあります。野心を持ち成功への道を歩んでいるはずの人物が崩壊していく悲しさと美しさは,時代を共有する「白い巨塔」の財前教授にも見られましたが,さかのぼれば,シェイクスピアのマクベスにもつながり,全世界的に共有できる文学上の原型につながっているように思えます。ぜひ,多くの若い人に文学の世界の中であるにしても青春の蹉跌を経験してもらいたいものだと思いました。
『デスノート』と一緒に読んで欲しい一冊
あらすじとしては、自分の将来に多大な期待を寄せている大学生、江藤賢一郎が家庭教師をしていた女子高生大橋登美子と肉体関係を持ちながらも、自己の将来を見据え彼女を切り捨てようとする。そのとき彼女がとった一種の”復讐”とは・・・・。
といった感じでしょうか。
読み進めながら思ったのは、デスノートの夜神月に非常に似ているな、ということですね。ある特定の分野では非常に優秀だけど、全人格的に見ると非常に未熟だという。
これは日本のエリート教育の弊害ですね。戦前までは、それでも軍というものが存在し、戦争を行う国であった日本は肉体的にも、精神的にも、否が応でも鍛えられた。言ってしまえば、日本で、日本人として生きるだけで十分心身ともに鍛錬されたわけです。しかし戦後、戦争放棄した日本は、その一部分のエリート教育のみを残してしまった。
戦争が良いといいたいわけでも、軍国主義の教育を賛美するわけでもありません。
欧米のエリート教育の部分だけを、イギリスの貴族的なものの一側面だけをとってしまった日本の問題点が隠れているように思います。

イギリスでは、大貴族から戦争で死んでいくといいます。日本の華族は戦争に行ったのでしょうか。陣頭指揮を執ったのでしょうか。

貴族は利益を享受する代わりに、国防に命をささげます。

そこまで話を膨らませるとやりすぎかもしれませんが、調和の取れたエリート、弱者の痛みを知るエリートを育てることが、日本再生への鍵ではないでしょうか。

ふと、そんなことを思いました。
高度成長期の日本人の価値観
本書が新聞に連載されたのは昭和43年で、
日本はちょうど高度成長期の真っ只中にあり、主人公を含めた登場人物たちは
そんな上昇志向の強かった時代の価値観で生きている人達だと読んでいて感じた。
レビューの中でちょっと古臭いという感想が多かったのも、
その辺にあるのではないだろうか。
でも当時の日本人の(特に若者の)考え方を知る上では非常に興味深い小説だと思う。
主人公の様な優秀な若者がどう考えても愚かで拙劣な殺人に走ってしまうのは、
エゴイズムによる身勝手な論理と秀才ゆえに世間を甘くみてしまう浅はかさによるものなのか。